心理学で提起された考え方である「素朴理論」に着目し、「概念変化」という方法論を用いて科学的社会認識の形成を目指そうとした呂光暁氏の論文を紹介。
この論文を紹介する理由
心理学の知見を生かした社会科の授業をデザインする上で参考になるからである。
この論文を読むことで分かること
- 児童がもつ素朴理論の性質
- 素朴理論から科学的理論への転換を図る授業構成
論文の要約
研究の背景
①近年の情報通信技術の発展により「お金」の実体が見えにくいものとなっている
→商品の価格が単なる数的なものとして小学校児童に映り、価格の背後にある経済的因果関係に対する不十分で誤った知識が生じる可能性
(例)
◎児童の価格理解は、商品の物理的特性と、人間が情感的・主観的判断から品物に付ける性質に依存して制約を受ける。
◎商品を購入する際、児童は自分が需要の側に立っていることを十分に意識できず、支払と価格を数的一致原則によって捉えるため、需要が価格に与える影響を理解できない。
児童の経済理解は、学校教育における経済学習だけではなく、貯蓄や購買といった日常経験から強い影響を受ける。→「素朴理論」
「素朴理論」には、科学的に誤った内容と、専門領域の学問体系に近く、科学的と言える内容が共に含まれる。
研究の目的
RQ どのようにすれば児童の素朴理論を科学的理論へ発展させることができるのか
研究の方法
①素朴理論と社会科教育の関係性について
(1)「仮説・検証」の授業構成理論が抱える問題点の指摘
(2)「非科学転換型」と「科学伸長型」の吟味
(3)素朴理論に着目した先行研究が抱える問題点の指摘
(4)社会科における「科学伸長型」の有効性の指摘
②単元「魚の価格」の単元開発と実践
「供給→価格」という素朴理論をベースとしながらも、そこに
「需要→価格」という理解を加えることで
「(供給+需要)→価格」という科学的理論まで経済理解を深めること
著者は、以下の文献を手がかりに単元開発の工夫を行った。
進藤(2002)『素朴概念の修正ストラテジー』p.242-256
秋田(2011)「科学的認識・社会的認識の学習と教育」大村彰道編『教育心理学Ⅰ発達と学習指導の心理学』p.63-88
(1)素朴理論への気づきの欠如
【目的】
素朴理論における素朴概念とそれによって形成された因果関係的枠組みを児童から引き出す
【手立て】
魚の流通過程に関するビデオを視聴させる
【想定する変容】
供給側(生産者と販売者)が商品の価格を決定するという素朴概念が定着する
(2)科学的理論による素朴理論の再認識
【目的】
先の素朴概念に新たな因果関係を充足することでそれを拡大させ、科学性を高める
【手立て】
実際の魚のセリに関するビデオを視聴させる
【想定する変容】
価格の形成に影響を及ぼすのは、供給側(生産者と販売者)だけではなく、需要側(消費者)側でもあるという科学的概念を理解する
(3)科学的理論の形成
【目的】
元となる素朴概念と発展した科学的概念を比較させ、後者の方が説明性と妥当性の点で優れていることに気付かせることで、科学的概念に対する満足度を高める
【手立て】
魚の流通過程における関係者(生産者・卸売業者・小売業者・消費者)の心理的作用(動機)を考えさせる
【想定する変容】
関係者は自身の願望を持って価格に影響を及ぼそうとするが、最終的には生産者と販売者から供給される量【供給量】と消費者が欲しくて買える商品の量【需要量】から価格が決定することを理解する
③児童の経済理解の変容についての検証
(1)問Ⅱの量的分析
→授業前後における児童の経済理解の変容分析
(2)問Ⅰの記述分析
→授業前後の児童の各要因に対する注目度の量的分析
(3)問Ⅰの記述分析
→価格形成に関する児童の論理構造の質的分析
「+(並列関係)」「→(因果関係)」
研究の有効性
①学習者の心理的変容を活用することは、社会科教育においても有効である
②概念変化に着目することは、児童の認知的発達を支援することにつながる
今後の課題
小学校社会科における経済教育内容は道徳性を内包している
→認知心理的な面から経済教育内容にあるべき経済的合理性を担保する必要がある
自分の考え
社会科教育が抱える「科学的社会認識の形成の保障」という問題を解決する示唆を得ることができた。
初等教育段階では、「はいまわる活動主義」が問題視されている。表面上はアクティブに活動している(ように見える)が、子どもが獲得する認識が常識的なものに留まっているのである。つまり、初等教育段階では、科学的な認識の形成が求められると考えている。
中等教育段階では、「教師主導型授業」が問題視されている。このような授業が一概に問題であるとは言えない。しかし、授業後の記述は概念的な知識を獲得している(ように見える)が、表面的な暗記に留まり、他の事象に転移させることができない浅い理解になっていると考えられる。つまり、中等教育段階では、生徒の認知的なプロセスに即した授業構成が求められる。
上述したように、初等教育段階と中等教育段階では、授業スタイルの違いが見れらる。これは、児童生徒の社会科嫌いを生む要因になっているのではないかと思う。
私個人としては、初等教育段階から、今回紹介した呂先生のような実践が必要であると考えている。「小学生にとって科学的な概念を教えることは難しいのでは?」という意見もあるが、だからこそ子どもの心理学の知見を生かした実践が必要なのである。科学的な概念は、教えて獲得できるものではない。もともと持っている素朴な概念を教師による支援を受けて、徐々に科学的なものに成長させることによって獲得されるのである。
これまでの誤った「知識観」及び「社会科教育観」を改めて意識させられた論文であった。
論文情報
【タイトル】児童の素朴概念を生かした小学校社会科経済学習ー科学的社会認識の形成を目指してー
【著者】呂光暁
【雑誌名】日本社会科教育学会 , 『社会科教育研究』, 第124号
【出版年】2015年
【こんなときにオススメ】認知心理学の知見を生かした授業づくりについて知りたいとき
【タグ】小学校社会科 , 認知心理学
参考文献
呂光暁(2015) 児童の素朴概念を生かした小学校社会科経済学習ー科学的社会認識の形成を目指してー , 『社会科教育研究』124 , pp.14-26
児童の素朴理論を生かした小学校社会科経済学習 | CiNii Research
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